太宰治さんはADHDまたはASであったのか?と言われる。太宰治の罪ー信仰について考えていると近代や日本という国を考えざるを得なくなったという流れ。双子座生まれは個人を生き切るサイン。虚無の中に入ろうとしながらもそこから生へ。言葉を見つけようとするのが太宰治。
太宰治探求ももう少し
太宰治氏のことを調べようとして図書館で借りてきた一冊。
個人的には、ADHDであったことはどうでもいいことのような気もします。
どちらにしても天才ですしね。そういうことは多々あると言われています。天才ゆえに踏み込んでいく。踏み込まれる
誘われるのでしょう。
この本の中で太宰とキリスト、信仰について書かれていることが興味深く感じました。
そして女性との関連で太宰治のトラウマを引き寄せる星の配置の人たちとは、やはり水に近づいてしまうんですよね
自殺願望に感応してしまうという言葉で表現されています。P127
それを過去の性的トラウマの〈再犠牲化〉という言葉で表現されています。
この本の中で「罪の意識」についての言及と「信仰」が成り立ち基盤についてが語られています。
面白かったので、ご興味のある方はどうぞ
太宰治とキリストー罪と信仰
太宰の弟子でもあった文芸評論家菊田義孝と太宰との生前の会話からもわかるのですが、戦前にあった太宰の「信仰」への想いが変わってしまったことについて書かれています。
太宰は、東京武蔵野病院の精神科に入院したことがきっかけになって、彼は真剣に聖書を読み始め、内村鑑三の思想に傾倒し、内村の弟子塚本虎二の「聖書知識」を通して真剣に神を求めた。その時に内縁の妻が身内であるものと不実を行ったこと。そのことを赦せない、一人で死なすわけにはいかない。それではご一緒にということなどの顛末。そしてその後の姨捨にも描かれた心中騒ぎからのこの世界、生を生きようとした太宰の背後に聖書があった。
それからの戦中の結婚生活の中で、明るい作品を生み出し続けます。
その支えには聖書との取り組みがあったと考えられる。
斜陽が書かれた時には、「自分自身とキリストを同一化することによって、まず人間として、それから作家としてのアイデンティティの崩壊を防ごうとした」と見られる言葉を残している。P158
ここはキリスト信仰の根幹である贖罪信仰はない。また超越性、他者性、人格性といった「信仰」が成り立つ基盤は見られない。結局のところ、太宰の「神観」はイエスへの憧憬というレベルを超えないものであった。人生の意味と価値の根底にある、インマヌエル(神われらとともにいます)の神を発見することには至らなかった。p163
戦後、ニヒリズムに陥り、神を見失った太宰は、底知れぬ不安、焦燥に駆られうつ状態になった。P163
妻の美智子さんが太宰の口述筆記をしている時に、「始めから終わりまで、よどみも言い直しもなく、蚕が糸を吐くように縲縲とつづいて、私は原稿用紙30数枚に及ぶ文章を精密に組み立てることのできる彼の頭の中はどうなっているのだろうと思いました。」とあるのですが、これは美智子との関わりでより出てくる可能性はあります。美智子さんの太陽水瓶座と太宰の知能を表す水星に良い配置があるからです。
この時期に明るい作品が生まれたというのは、美智子さんとご結婚されたということもあるように思います。それと星の配置で新しい自分自身の生活をつくりだす流れもあり星の援護があったなと思います。
人間に意味と価値を与えるもの
太宰がもっぱら「自分自身」にのみ関心を向け、神観の問題を曖昧にし、「根源的存在者」と向き合うことを放棄した結果、ニヒリズムの泥沼に足をすくわれたのも理由がないことではない。こうして太宰の苦悩はいっそう深まっていったのだ。
このような太宰の苦悩の由来を深く探ることは、とりもなおさず、我々自信の、実存的空虚(existential vacuum)と向き合うことになる。
実存的空虚を自覚するところに、苦悩は生まれる。P163,164
個人として生き切るというのが実は双子座の太陽生まれのテーマですから。太宰治さんは生き切った。ニヒリズムに走るのは太宰さんの星の配置からはあり得ます。それをやり切ろうとも思ったのかも知れない。もっと生きれたら違う方向からの作品も生まれたかも知れません。
そしてもう少し生きれたらどうだったのだろうという気持ちにもなるのですが、それでも難しかったのかなと。遺書にもあったように書き続けれたのかということ。離婚的な流れがあったかも知れないし、離れる可能性が現れてきています。
個人的にもあの「姨捨」の人生の転換は素晴らしかったのです。
ある意味、太宰の生まれた時の星の配置から見ると、生き方が転換する凝縮するような出来事。
自殺願望、混濁し、融合、自我がなくなっていく世界から精神が生まれたという双子座的な世界へと降り立ったのに・・・!!!
太宰治さんを追っていくと大東亜戦争の中の民衆と差別される存在である女性との関わりの中で







